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ロビンがその手へと取り出したのは、
ピアノや弦楽器の調律に使うのによく見かける、
一般的なU字型の音叉を2つ、
90度ずらして重ね合ったような格好の、
独特な形をした金属製の音叉であり。
「この石はこの島にだけという特有の成分を含んでいてね。
強い磁力によって変化したもの…とだけ言っておきましょうか。
群島の中、規模は小さい方から数えたほうが早いにもかかわらず、
ログが指すのはこの島だってこともそこへ由来するのでしょう。」
もう一方の手の白い指先に摘まみ上げていた白い小石を、
彼らが目当てとしていた巨大な大岩の上、
まるで“ここですよ”という目印みたいにくっきりと穿たれた、
小さな小さな凹みがあるところへ、
何の衒いもないままに据えた彼女であり。
「始まりの石へまといつき、ガラスの膜のようになる、
石英成分の多い組成物もまた、磁力つながりの代物で。
そのせいでしょうね、
芯とされた石と同じほどの磁力分が重なり終えると、
とある波長の音へ絶妙に反応し合うようになるの。」
そうと語りながら、優美な所作にて手にしていた音叉を、
目の前の大岩へと軽く当てるようにして叩くと
ぽーんともトーンとも言えぬ、
幾つもの和音が重なり合ったような
不思議な音が放たれる。
耳に突き刺さるような大きなそれでも、
耳を覆いたくなるような尖ったそれでもなかったが。
木々のざわめきなり、風の唸りなり、
遠いながらも沖合を行く船の汽笛や、
麓の里の祭りのにぎわいの片鱗なりが、
多少なりとも聞こえている場所だというに。
それらに紛れて仕舞わない、くっきりと印象的なその音は、
透明感のある響きの尾を、いつまでも長く長く引いていて。
「……………あ。」
ロビンが叩いた大岩の上、
先んじて据えられてあった玉子型の小石が、
その身のうちへと熱でもためているものか、
白い肌をなお白く発光させての、じわじわと輝き始めたではないか。
「ま、まさか その石はっ。」
「ええ。表彰式のどさくさに、ちょっと拝借した本物の宝珠です。」
どうやってかは内緒ですよと、ふふふと小さく微笑ったロビンであり、
「石だけあってもダメなこと。」
そこまでは判っていたればこそ、
歌姫さんを脅すような真似をしていたんでしょうけれど、
「そうまで驚いたところを見ると、
細かい理屈までは、判っていらっしゃらなかったようですわね。」
小高いとはいえ多少はある標高のせいか、
島を取り巻く海からの、間断の無い潮騒の音は届かないけれど。
時折、潮風が吹きつけて来るのへと、周囲の木立の枝葉がざわめく。
それへ驚かされでもしたものか、
きちぃきいきい…と、いやに鋭い声で鳴き、
ばたばたばたたと慌ただしく飛び立った小鳥があったのだが。
ついさっきまでは
あれほど警戒気味にビクビクしていたヘルメデス氏が、
それどころではなかったか、
呆然自失に近かろう、堅い表情のままで立ち尽くしており。
「歌姫の声に反応し、
光を放つ宝珠のその現象の仕組みを解いた…と?」
「私やこちらの彼女が歌ったのへも、
本命の宝珠のみならず、
他の幾つかまでもがほんのりながら反応していたでしょう?
歌姫以外の声へ、そこまで光る現象も稀だと驚かれていたけれど、
それは私たちがその波長を割り出していて、
意識してその高さの声を出していたからなの。」
もっとも、付け焼き刃だったせいか、
さんの朗々たるお声には敵わなかったけれどと、
肩をすくめたロビンだったが。
「つまり、十分熟したぞという石が最も光り輝くのを見つけるために、
歌姫の声という探知素材が必要だった……って解釈もできる、と。」
「そういうことになるわね、用心棒の…何て言ったかな?
そうそう、タリオーヌさん。」
宝珠のからくりを紐解く途中から、
呆然とするばかりで声も出ないヘルメデス氏に代わるよに。
ロビンとのやりとりを交わしていた人物こそ 誰あろう、
立ち位置こそ変わらぬままながらも、
視線が動きの気配が跳ねのと、
それまでの完璧だった消気の術が完全に崩壊していた護衛の男。
そういう特別な“気配”を嗅ぎ取れる、
こちらさんもまた、
半端な修羅場を掻いくぐってはいない立場の女傑二人が。
ヘルメデスという小太りのオーナー氏以上に警戒していたのもまた、
そちらの寡黙な男の方であり。
「そちらの顔役さんをちゃんが随分と嫌っていて、
本来怖がるべきところ、怯むことなく憎まれ口を叩いたりしていたから、
それが丁度いい煙幕になったのか。
寡黙で目立たぬようにというスタイルから、
周囲からは、単なる用心棒だと思われてたようだけど。」
こういう事情には詳しいか、
ここからはナミさんが、微妙に目元を眇めて紡いだのが、
「資金が底をついた海賊が目の色変えるとか、
ちょっと腐った海軍士官が
“何割かでも実入りを寄越せ”と言い出しそうなとか。
そこまでの稼ぎを生み出す訳でもない規模の島だっていうのに、
あんたほどの手練れが、
しかも用心棒だなんて位置にいるのは不自然極まりないのよね。」
何でもあのゾロが、
あんたの瞬殺の攻撃が出たのへ、
刀を2本抜いて 太刀筋防いだほどの腕だっていうじゃない。
取るに足らない雑魚だったら、
ひょいと蹴飛ばして自爆させて終しまいでしょうにね…と。
日頃 微妙に小馬鹿にしているナミでさえ、
実を言えば、
結構なレベルのボーダー代わりにしていたらしいことが判明し…じゃあなくて。
あの馬鹿みたいに凄腕の剣豪が、
反射的にそんな防衛の型を選んだ程度には腕の立つ男と、
この島の危険度やお宝度の等級があまりにアンバランスだったというの、
きっちり把握出来るお姉様がただったからこその警戒、
怠りなく敷いておりましたのよというご披露だったワケで。
「この大岩戸を開けたがってたのは、あなたの方。
しかも、こんなややこしいカモフラージュまでしてだなんて、
一体何が目的なのかしら?」
そこが気になったので。
せっかくのお祭りを騒がすこともなかろと、
うまうまと取り込まれた振りをして、
ここまでの謎を解いて差し上げたのだけれどと。
いいお日和に いや映える、
すこぶるつきに朗らかに微笑って見せた
ロビンお姉様だったのへ、
「………チッ。」
音叉の響きはまだまだ止まらず、
宝珠の輝きもぐんぐんと増しており。
しかもしかも、
―― ごごん・ごうん、と
それを載せた大岩がいよいよと動き始めたものか、
地の底から沸いてくるような、重々しい物音も立っており。
これはますますと、彼女らの立てた推論が正しくて、
今しも…代々の聖なる宝珠を納め続けて来たという、
この神殿の大井戸の蓋が開きそうだという、
不思議な現象への胎動なのではあるまいか。
ただ、大岩戸の井戸は彼女らを挟んだ向こう側。
「言っておくけれど、アタシたちは何も正義の味方じゃあないから。
ましてや少女の敵だった酒場のオーナーさんなんて、
何の人質にもならないから、盾にしたところで無駄よ?」
ふふんと笑った泥棒猫さんの笑顔の、まあまあ凶悪だったことったら。
つくづくとお見せ出来ないのが残念です。(こらー)
やや間があってから ハッとしたヘルメデス氏が、
え? 今のやりとりって自分のこと?
ワシを盾にしようとかどうとかって話だったのか?と、
遅い目の反応を示したその上、
「ままま、待ってくれ。
ワシはそもそも脅されて、
この町での居場所を提供していたようなもんで。
いや、だから、
こうまで協力したのに、
まさかそのワシを殺そうなんて、
そんな惨いこと、思いはしないよな? なっ?」
あっさりと内幕を暴露してくれた間抜けさへこそ むかついたか、
吊り上がった銀白の双眸をますますと尖らせると、
目にも止まらぬ素早さで、
「ぎゃあぁっっ!!」
いつかゾロが二刀で防いだという
棍棒にての殴打を繰り出した彼だったようであり。
「うあ、痛そう。」
「でも背中というのは良心的ね。」
「面倒は起こしたくなかったか。」
「弱い者いじめじゃあ、
謗(そし)られこそすれ 名は上がらないからじゃない?」
背中をしたたかに殴られて、
分厚い脂肪も甲斐なくの、意識を失い、
岩場へどたりと倒れ伏したハンプティダンプティさんへと。
結構 酷薄な評を並べていた女性たちへ、
たった今 振るったばかりの棍棒をぶんと差し向けると、
「言っておくが、
こんな奴が盾になるとは俺だって思っちゃあいない。」
ただのカモフラージュだっただけと、
重ねて言われた酒場のおじさんの立場ってどうよと。
敵方ながら不憫だなぁと感じてしまった、心優しいナミさんと、
盾にするならもっと扱いやすい女子供じゃないとねと、
あくまでも冷静なロビンさんだったのはともかく。
「加えて言えば、俺も海賊なんでな。
同業のよしみ、
先に元海賊狩りのゾロの姿を見たときから、
お前さんたちの正体にも とうに気づいていたサ。
麦ワラのルフィ傘下の、ニコ・ロビンと泥棒猫ナミ。」
地味にこしらえたつもりの黒づくめが、
陽を受けて目映いハレーションを起こすばかりな白い石だらけの風景には、
目立ってしょうがないぞのタリオーヌとやら。
ここまでは計算どおりだったのだろうに、
最後の詰めにての番狂わせ。
ずずずと とうとう目に見えて動き始めた大岩に注意を奪われつつも、
すっきりとした肢体も麗しく、
泰然とした立ち姿を一向に崩さない二人の女傑もまた、
自分たちが引くつもりがないと見てのこと。
どちらが優勢かを察知したか、
憎々しげにぎりぎりと双眸を表情を歪めつつ、
相手を睨み据えてばかりいたけれど。
「人質がないこともないのだぞ、お前たち。」
ふっと、その表情が強かさを取り戻し、
歯ぎしりしていたはずの口元へ余裕の笑みを浮かばせて、
「言ったろう、おまえたちの正体はとうに知っていたと。」
心なしか声にも余裕を取り戻した、偽“用心棒”男であり。
「俺様は、一昨年のこの日からこの島にいる身だ。
今宵しか手は打てないながら、
2年をかけて自分なりの探索もしいていた。
丁度今の今、禊斎の儀が行われている入江の社も、
そこへの抜け道も知っているし。
今日はいよいよの祭りの当日、
俺様一人で対処しようなぞとは思ってなかったしな。」
最後の言い回しと彼がその視線を流した先にハッとして、
ロビンが胸の前へと両手を重ねるより微妙に先んじて、
ぱんっという乾いた音がし、そのままひゅんっと風を切って何かが飛んで来た。
「ロビンっ!」
「悪魔の実の能力者は、海楼石が天敵だとか。」
視線を流したのはフェイクだったか、
いやさ、そちらに彼の仲間らしい顔触れがいたのもホントなようで。
がさがさと草深い株を掻き分けて何物かが出て来た気配がある。
ロビンもまた、そっちへも意識を飛ばしたことで集中が二分されたがため、
彼女ほどの存在が先手を取られたのでもあろうて。
「やはり…海賊仲間がいたのね。」
だとしたら、最後になろう今日までも、単独で立ち回りはしなかろと。
そこも警戒してはいたことと、小声で呟いたロビンだったのだけれども。
「ロビン、しっかりしてっ。」
ナミとしてはそれよりも、
傍らに立っていたロビンが、らしくもない不覚を取られてのこと、
胸の前で重ねた両手のその手首を、
革だろう頑丈そうなロープで
ぐるぐる巻きに束ねられていたことのほうが問題で。
「何をしたのっ。」
手が不自由になったくらいで膝から頽れ落ちるような彼女じゃあない。
革の紐はその両端に石をくくりつけてあり、
「海楼石つきの投げ分銅さ。
網を射出する銃ともなりゃ嵩張るが、
それだとバネ式で弓を張れる、この特製ボウガンで撃てるんでな。」
どこへ隠し持っていたのか、
言いようからしてまさか棍棒に仕込まれていたものか。
その手に弓を水平に寝かせた格好の銃を握っていたタリオーヌであり。
彼の言う通り、悪魔の実は海に呪われるアイテムなので、
武器も通じないほどの尋常ではない能力を繰り出せる存在も、
海そのものと呼べる特性を持つ不思議な石“海楼石”を用いれば、
たちどころに形勢も逆転。
ただ立っている体力さえ封じることが出来るから恐ろしく。
衰弱が始まれば、回復にも時間が掛かる、
もしかして単なる封印以上に性の悪いツールなのへ、
「何て卑怯なっ!」
海賊のくせに海軍が開発したものを使うなんて…と、
他でもない仕打ちへ我がことのように怒かっておいでのナミだったりし。
しかも、
「…あなたはっ。」
力が入らないのだろ、
身を起こしていることさえ大変そうなロビンが
それでも肩越しに振り返った先。
そちらは山側だから儀式には要らぬと放置されたままだった、
背丈のある草むらから出て来た人影は。
どういう偶然かそちらも手首を拘束されての、
無理からの強引に、
二の腕を掴まれて引きずるように連れて来られたらしい、
「さんっ?!」
おろしたてらしい純白の小袖と絽のウチカケをまとった、
先程の選考会で選ばれたばかりの歌姫、嬢だったのであった。
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*うあ、さすがクライマックス。
書いても書いても ちいとも終わらんぞ。(笑)
ここで一旦UPということで。

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